髪型の歴史〜日本史+〜

いままで語られてこなかった日本史の『髪型』を徹底的に解説、考察していきます!

Victoria&Albert Museum 2019

先日、ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)に行ってまいりました。今回の旅行で、一番胸熱になった作品の数々をとりあえずご紹介させていただきますね!

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その他、大英博物館やナショナルギャラリー、テートブリテン等たくさんの博物館、美術館を改めて回ってきましたので、これからの世界史編のたくさんの面白い素材を見つけてきましたので是非ご期待ください!

 

V&Aにある、イギリス人が描いた日本の絵のコーナーがあります。

その絵がとにかく綺麗なんです!

こちらは、明治初期に描かれた油絵のようです。

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なんか雰囲気がものすごく伝わってきますね!

それぞれアップで

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すごいかわいらしい髪型ですね!この女の子の雰囲気からして5〜6歳くらい?

前髪はパッツンで顔まわりと横の毛も短くズバッと切られています。

後ろの毛は、トップまで上げてクルッとアレンジできるくらいまで長いので、胸くらいまでの長さはありそうです!

きっとこのまま伸ばし続けるのでしょうね〜。

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こちらのお姉様は、明治時代を象徴するような大分小ぶりな日本髪(島田髷?)になっていますね。上の女の子もそうですが、櫛やかんざしのクオリティがものすごく高いように見えます。

もう少し先の未来には、ほとんどこういった櫛やかんざしが使われなくなります。よりデザインやクオリティを追求していた明治初期が最高にカッコイイ最盛期だったのかもしれませんね。

しかし外人さんが描く絵って、日本人の描く絵と違ってリアリティがすごいですね!最近の風景にも見えてきちゃいます。

 

お次はこんな絵もありました!

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なんかデザイン的でカッコイイですね!

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色合いがいいですね〜!

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影の感じがカッコイイ

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こちらの上の4枚の絵は1885年に描かれた絵っぽいので、明治中期くらいでしょうか。

さすがに中期くらいには、この格好や髪型をしている人はいないと思うので、おそらく歌舞伎や写真のイメージ図ではないかなぁ〜と思います。

もしかしたらごく少数派ではありますが、やっている人がいたかもしれないのでなんとも言えませんが…

本当に良い絵ですね!

 

櫛もいくつか展示してありました。海を越えてこんな大きな美術館に展示されているのは嬉しい限りですね!

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f:id:camdentown2012:20191018121004j:plain江戸幕末から明治あたりに使われていたであろう櫛です。

 

あと、別のフロアの「JAPAN」の部屋には浮世絵なんかもありました!

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はい。素敵な歴史の1ページが刻まれていましたね〜。

なかなか日本では見ることのできない物がたくさんありました。

イギリス人の描いた日本なんかは、自分を抑えることができないほど興奮しちゃいましたね!!(笑)

もちろん日本の物だけではなく、世界中の珍しいものが見切れないほどありますのでV&Aは本当にオススメです!

歴史、ファッション全部詰まっています!!

イギリス旅行の際には是非!!

 

https://www.vam.ac.uk

三国志展 東京国立博物館 2019

先日、国立博物館にて現在開催中の「三国志展」に行ってまいりました!

 

www.tnm.jp

いや〜良かったですよ!!とても貴重な物も展示されていたので三国志好きにはたまらん特別展だと思います!

今回の私の目的としましては、上のホームページにも載っていますが、コチラです!

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コレをどーーーしても見たくて行ってきました!

これは、見るからに「船」ですね!なんかどっかで見た事ありません!??

説明にもかいてある通り『呉』の時代あたりのお墓からよく出土される物だそうです。

えぇ。これ「埴輪やん!!!!!」っていうことで、自分を抑える事ができないぐらいに興奮しましたね!

しかも「呉」といえば、

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右下の沿岸部から南部、中部までを領土としていました。

現在の中国の地図がこちら

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雲南省などの南部と言えば、以前にもご紹介していたこちら!

そうなんです!埴輪の元となる、たくさんの民族の方々が暮らしている地域なのです。

現在の上海も呉で、いまだにこの当時造られたお寺も残っていたりします!

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呉のトップ「孫権」さんが建てたお寺「龍華寺」

以前上海に旅行に行った際に訪れましたが、迫力が凄かったです!

何度も修復がされているのでしょうが、1800年以上前のお寺が現存するのは圧巻でした。 

 

話は戻りまして、三国志展で実際に見たあの船はやはり「埴輪」ですね!

お墓の付近で出土されているのを見ると、日本で発見されている埴輪との習慣も一緒ですし、間違いなく同じ民族もしくは、とても近い習慣をもった民族ということでしょう。完全に繋がりました!

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すごい綺麗ですね!

こんなのもありました。

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もう完全に埴輪ですよ!

そもそも三国志の時代というのは、西暦で180年〜280年頃と言われています。

はい。ぴったりなんですよ!ちょうど古墳時代の始まりとね。

三国志の時代に「呉」が敗れて、国を追われて人々が日本に逃げて来ていたのなら、そこから埴輪や古墳の文化が始まったとするとドンピシャで繋がるんですよね。 

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古墳の形をした器物

 

『呉』のお隣の『蜀』の国で作られていた土像はちょっと違った感じでした。

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これらもお墓の周りにあったそうです。

すごいニコニコしててクオリティが高いですよね!

あれ!?これもどっかで見た事あるなぁ!!

これに似てますね!作風が近い気がする。 古墳時代の後の飛鳥時代ですね。

 

こちらは、『魏』の時代に描かれた壁画だそうです。

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だいぶ見えづらいですが、こちらもまるでコレですね!

男性が被っている物なんかは、とても似ているように見えます。

 

まあ、とりあえず我々の祖先は中国の各地域の人々であり、いろんな理由で大陸から渡ってきた人達なんだぁと改めて実感しました。

そんな大陸から渡ってきた人達も覇権を領土を争い、日本の歴史を作ってきたのでしょうね。

なんとなく、ぼやけていたこの辺の歴史が見えてきたような気がします。

9月16日まで「三国志展」開催中ですので是非おすすめです!!

 

最後に三国志とは別件で、こんな物見つけちゃいました!!

時代的にだいぶ違うのですが、アイマスクだそうです。

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なんのためのアイマスクなのか?寝れない夜のため?サングラス代わり!?

こちらも古墳で発見されたそうなので、死者を弔うための物か、お葬式などの儀式に使う物なのかはわかりませんが、これってあれに似てますよね!

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遮光器土偶

まあだいぶ時代がちがうので何とも言えませんが、こういう発想の方面で当たってる気がする!(笑)

ちなみに上のアイマスクは、中国のウイグル自治区アスターナ古墳で発見され、6世紀くらいの物だそうです。(国立博物館 東洋館に展示されています。)

やっぱ中国一周の旅したいわ!

 

本当に国立博物館は楽しいです!毎回発見があって絶対一周しちゃいますね!

すべて見きれないほどデカイのですが、心の底からオススメです!!

 

 

おわりに

おわりに。

 

ついに長い長い日本史の髪型のまとめが終わりました。

1月から書き始めて半年以上かかってしまいました…もう少し早く終わる予定でしたが、とりあえず7月中に終わってよかったーーー!!(大正より先はやる予定はありません。)

 

ちょっとだけ壮大な自由研究というテーマでやってきただけに、夏のうちに終わったのは、ホッとしております。

この研究に本格的に取り掛かって1年半。

本気で、熱中し感動し渇望し全力で駆け抜けました。

まだまだ、この自由研究は終わりませんが、一つの区切りになったと思っております。

伏線の回収していない部分や、まだわからない部分も多々ありますので、今後も歴史ブログは続けていこうと思っておりますし、もっと深くまで研究していく所存です。

 

最初は世界史の変な髪型を研究しようと思っておりましたが、日本の事を知っていたつもりで、意外と知らない自分に愕然としたのが始まりでした。

また、それと同時に、まだ日本史の髪型の研究、考察がなされていないことに気がつきました。おそらく歴史を専門に研究されている方が、「こうであろう」というザックリとした考察だったのです。

現在美容師をやっている髪型の専門家から見ると、それは見るに耐えないものでした。

そこで究極に研究、考察をし、どんな歴史の専門家からも髪型の歴史だけは負けられない、譲れないという想いでここまで研究をしてみました。

いつか、何かの形になればいいなぁと心から願っております。

 

仮に認められれば本当、歴史の教科書変わるからね!(笑)

目標は、博物館か美術館で特別展やる事です!

 

今後は、新たに知った情報の追記と、博物館、美術館レポ、世界史編突入です!!

読みづらい文章だとは思いますが、『歴史の髪型』が気になったらここに訪れる「プラットホーム」になれたら幸いです。

 

ここまで、お読みいただきありがとうございました!

2019.7.30

 

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東京時代 明治 3 美しき女性達

明治の時期の女性達は荒れた時代の中で、どう変わっていったのかをご紹介していこうと思います!

 

この時期の女性の髪型も基本的には結い髪にしている人がほとんどですね。

しかし、江戸時代とは違い、結い方や飾りなどは随分地味な雰囲気になり、結い方は江戸の大き目から小さめになり、飾りも派手なものからシンプルな物へと変貌していきました。

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明治の後期なんかは、半分以下になった気がしますね。

 

明治維新によって変わった事といえば、吉原の遊郭も徐々に減っていきました。

過去に一度だけタイムスリップできるとしたら、吉原に行きたいですね。遊びたいというよりかは、この雰囲気見てみたいです。

なんだか怖そうで、異様な空気感が漂ってそうで、でもなんか明るそうで…本当に今じゃ考えられないですよね。

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お歯黒の文化も減っていったそうです。

この文化も不思議だよね〜!1500年以上は続いていましたからね。

未だに、なぜやっていたのかもわからないそうです。最近の話なのにね〜!

よく虫歯予防などと聞きますが、それじゃないような気がしますね。髪型と一緒で、人間の本質的には綺麗に見えたいというのが一番にあるので。僕の個人的な意見ですが、現代でもそうですが歯並びや黄ばみって気になりますよね?単純に全部黒ければ歯並びも黄ばみも気にならないんじゃないかな?と思います。

歯磨き粉ができたのももう少し後ですし、みんなタバコ吸ってたしね。謎ですわ…

 

江戸時代までの髪型は、圧倒的に中国(清)の影響を受けていました。いつの時代も華やかで発展していた中国のファッション、髪型は憧れだったのでしょうね!

しかし、中国の経済悪化や国内情勢の悪化で一気に衰退の一途を辿る中、日清戦争などの影響もあり中国離れが加速していったようですね。

この頃からだったんですね〜…

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それに伴い、世界各国との国際交流が盛んに行われるようになり、文化は洋装へと少しづつ変わり始めます。

大山捨松さんや津田梅子さんなど、女性も海外へ進出するようになり、アメリカへ留学に行ったりされました。(例の岩倉使節団随行しました。津田さん当時6歳)

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(小っちゃい子が津田さん、隣で手をつないでるのが捨松さん)

彼女らが日本に帰ってきて伝えたのは、学問や教養だけではなく、洋風なファッション、髪型、文化、全てがセンセーショナルだったのは言うまでもないでしょう。

なんか想像しただけでニヤけてきますね!

f:id:camdentown2012:20190730142020j:plain(津田さん、卒業式)

情報のない時代に、当時の女性が海外に飛び込むのは本当に勇気のいった事だと思います。本当に感服致します。

もちろん幼少の頃から行っていたがために、日本の生活に慣れるのは本当に大変だったでしょう…現代でも帰国子女の方々は大変だしねぇ…

 

大山捨松さんは、大山巌さんの奥様で、巌さんの九州なまりが強すぎて、二人は英語で会話した方が話がはずんだそうです。ちなみに大山巌さんは通称「西洋かぶれ」と言われていたそうで、ラブラブだったそうです(笑)なんかイイね〜!

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津田梅子さんは、皆さんもご存知「津田塾大学」の創始者で、新紙幣5000円札の肖像画にも選ばれましたね!本当に彼女の生き様がカッコよすぎます!

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この当時とても有名だった「鹿鳴館(ろくめいかん)」でのパーティーでは、ドレスを着て髪型は洋装のアップスタイルにセットする女性(貴族)が舞踏会を楽しんだそうな。(わずか4年で鹿鳴館の華やかな時代は終わったそうですが…)

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いつか鹿鳴館復活しないかな?本気で行ってみたい!

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この時代で、いや歴史上かも!?美しい女性の一人でもいらっしゃる「陸奥亮子」さんの髪型はかっこいいですね!できるキャリアウーマンという感じですね!

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洋装スタイルが流行る前の時期は、女性が髪を切るという事は仏門に入り、出家した未亡人という烙印とされていましたが、大正ロマンへ続く新たな時代への過渡期だったのでしょうね。

時代が変わればスタイルも変わる、『美』も変わる。女性という立場や生き方が180度変わった、そんな大きな一歩になる時代だったんだろうなと思いました。

 

探し人のコーナー!

この女性が誰かわかる方がいらっしゃったら教えていただけるとありがたいです。

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この女性の髪型を見た時に、とても衝撃が走りました!モヒカンスタイルなのです!

この時代になんというイケてる髪型をしているのかと…しかも女性が!日本版ジャンヌダルクとでも言いましょうか。

正面からの写真しかありませんが、周りは刈り上げて、前髪は短く、トップは長そうで後ろで結んでるようにも見えます。襟足付近の(襟上)の「黒い物」はスカーフなのか髪の毛なのかは定かではありませんが、襟足も刈り上げてそうな感じもしますので、モヒカン部分も毛を後ろで束ねて垂らしているようにも見えます。

この時代で、この髪型にしていた人は、まずいなかったと思うので、とても目立つスタイルだったでしょうね!

似ているスタイルとしては、以前紹介したこのスタイルに近い感じもしますが、意図としては、違う気がします。まあ、ほぼ型は一緒ですね。

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とりあえず、明治を代表するファッションリーダーに、勝手に認定させていただきますね!

ちなみに、この方は誰なのかを調べていると、「木戸松子」さんと書いている方が多いんですよね。(木戸孝允の奥さん)ですが、あまりにも顔が違うな〜なんて思っていました。

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そこで、山口県の萩にあります木戸孝允旧宅(記念館みたいなところ)にお電話でお伺いしたところ、やはり別人でした!

他にもいろいろ質問してしまい、ご丁寧な対応ありがとうございました。

はい。迷宮入りしました…

もしこのブログをご覧になった方でご存知の方がいらっしゃいましたら教えていただけると幸いです。

明治のファッションリーダーを名無しのままご紹介するのはあまりにも心苦しいです。

ただ候補といたしましては、伊藤梅子さんに似ている気がします。(伊藤博文の奥様)

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梅子さんの若い頃の写真

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ん〜…わからんね〜。

 

ということで、明治の美しき女性達はいかがでしたでしょうか?本当に美しいですよね!

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本来は白黒の写真ですが、最近の技術でカラーに加工するだけで、そこに光が灯ったような『現実』が映し出されます。

今回、明治に撮られた写真をたくさん拝見し、なぜか涙が出そうになりながら、一枚一枚に想いを馳せてしまいました。

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 私自身モノクロの写真は、なんだか「古い物」「古い人」という感じで、正面から見る事をあまりしませんでした。改めてカラーに加工された写真を見ると、時代は違えどそこに写っているのは紛れもなく『日本人』で、さっき目の前をすれ違った日本人と変わらないのです。

おそらくこの写真に写っている人達は、もうこの世にはいないでしょう。

しかし、その写真に写った人達と変わらぬ我々は生きています。

そうなのです。時代が変わっただけで、我々は何も変わっていないのです。

今を生きる我々が次の世代へ、何も変わらない未来へとバトンを渡すだけなのです。

日本人は過去も未来も美しい。

縄文時代からの研究を通して、日本人である誇りを再確認できたと心から思っております。

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日本サイコー!!

東京時代 明治 2 変革を迎えた男達

変革を迎えた男達ということで、この時代に輝いた、激動を生き抜いたカッコよすぎる男達をご紹介していきたいと思います!

 

明治といえばこの男!もはや歴史上一番カッコイイんじゃないかな!?

私個人的にはNO.1イケメンです!

山岡鉄舟(やまおか てっしゅう)さん

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この時代では珍しい身長188cmもあったそうです。剣の達人で、人望も厚く、全てにおいて最強の男だったのは言うまでもないでしょう。
江戸城無血開城の立役者でもあり、明治維新、徳川家にとっても最重要人物です。

そんな晩年の彼がこちらです。

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 いや〜、お年を召してもカッコイイですね〜!

髪型に注目してみてください!

そうなんです。今流行りの2ブロックスタイルで、オールバックにセットしていますね。

現代の男性の中では、一番スタンダードな髪型ですよね!f:id:camdentown2012:20190727120454j:plain

カズ、三浦カズ

明治の時期の写真をたくさん見ているのですが、意外とこの髪型にしている人が少ないようなので、この現代で一番人気の2ブロックスタイルは、『山岡鉄舟が発祥』ということでいいと思います!

鉄舟さんオシャレにも気を使っていたのは、本当にさすがです!

 

お次はこちら「第二回遣欧使節団」の方々ですね。(メンバーの一部)

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こちらの方々も雰囲気あってかっこいいですね!

前列中央の池田長発さん(いけだ ながおき)がこの使節団のリーダーです。

ちなみに池田さんの右の方は本田圭祐選手ではございません。

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注目していただきたいのが、池田さんの左斜め上の方の髪型を見ていただきたいのですが、なんか変ですよね!?

こちらアップで!(個人で撮られている写真がありました。)

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上の集合写真でも確認できますが、周りの毛は長くピタッと髷を結っています。(モノクロで若干わかりずらいですね。)

真ん中の月代だった部分が、髪が伸びてきているのがわかりますね!モヒカンにも見えますが、ただの坊主が伸びたような感じになっています。

これは、矢野さんが大事な撮影会なのにおっちょこちょいで剃り忘れたのではなく、伸ばし始めたばかりだったということですね!
 明治初期に度々見られる、伸ばし途中の「ちょっとカッコ悪い」スタイルです。

「俺も髪伸ばして池田さんみたいにカッコイイ髪型にするんだ!」っていう憧れが伝わってきます!(僕の妄想です。)

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カラーの池田さん。こりゃあカッコイイよ!

逆に隣のおじ様方は、「最近の若い奴らはみっともねぇなぁ!」って思ってそう(笑)

うんうん。わかるぞ矢野君!若者はいつの時代だって新しいもの好きだよなぁ〜!

 

後に、この矢野君は、現在の「一橋大学」の前身の学長を務めあげ、日本の教育の礎を築いた、偉大な人物として語り継がれる事になります。

…え?スゴすぎ…「上から目線でさーーせんしたぁーー!!」

20年後?くらいの矢野君…いや、矢野先生。爽やかな髪型になってよかった!(涙)

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ちなみにこの使節団は、ここまでいきました!

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アフリカ!エジプトのスフィンクス前にてパシャり!これは、インスタ映えするなぁ〜!

この使節団のメンバーの中に「理髪師」さんが一人いらっしゃいました!海を渡った最初のヘアーデザイナーじゃないの!?たぶん。

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乙骨 亘(おっこつ わたる)さんです。17歳!若いねぇ〜!こちらも髪の毛伸ばし中ですね!注目していただきたいのが、着物の下に着ている服です。

蝶ネクタイつけてますよね!しかも中は、Yシャツです!

えぇ。変ですよ!変なんだけど、これが当時のオシャレだったのです!So COOL!!

『和洋折衷』とは、この事だったのですね!いつの時代も変わりません、見た事のない海外製品やファッションは若者の憧れなんですよ!!

 

お次は、こちらの写真をご覧ください。

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こちらの武士達の髷に違和感を感じませんか?

アップで見てみましょう! 

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⇧左側のこのお二人の髷があまりにも整いすぎている気がします。逆に一番右の方の髷は細いですよね。

この差って一体なんなのかと言いますと『つけ髷』かどうかの差があるのです。

 この写真だけの情報では一概に判断しきれないですが、一番右の細い髷の男性は地毛で作っているように見えます。

髪の毛の性質上、髪を伸ばすほど毛先にかけて細くなっていきます。ですのであの細さの髷である事の方が自然な気がします。

左側のお二人は、綺麗な四角く平べったい形をしていますね。

結んでいる「根」の方に注目していただきたいのですが、根の部分もあまり厚みがないのがお分かりでしょうか。

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この髷を作りましたが、ボリュームある髪の毛で長ければ長いほど結んでいる「根」の部分が太くボリュームが出てしまうんですよね。

ですので、このお二人のパターンはそれほど髪の毛は長くないけれども、根の部分でい一つにまとめた後に、つけ髷と一緒に結んでいるのではないかと思われます。

髪の毛は、ケアを怠ると切れやすくなりますので、誰でも力強く伸ばせるってわけでもないんですよね!

ちなみに髷を結っている人達の髷が「カチカチ」に見えますよね!?

何のスタイリング剤かというと「鬢付け油」(びんつけあぶら)でセットしています。ベタベタに塗って雨の日でも崩れないようにしていたそうです!みんながんばってたね…暑い日なんかは、油が溶けて『つけ髷』がポロっと取れてしまう事もあったとか…

いい時代になりました!現代では、お相撲さんも鬢付け油でセットしています。

camdentown2012.hatenablog.com

 

散切り頭を叩けば文明開化の音がする。

想像もできないほどの激動で、おそろしく加速した時代だったのでしょう。

見に行きたい!

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あっ!海を渡った美容師という部分で共感できるのと、『乙骨』という名字がカッコイイので、勝手に自称「2代目乙骨 亘」襲名しちゃお〜。

 

東京時代 明治 1 髪型と岩倉具視

東京時代 明治 1868〜1912年まで45年続いた時期

徳川家から大政奉還され天皇政権へと王政復古の大号令が出された。

グレゴリオ暦が採用され始め、いよいよ時代が変わり始めましたね。

江戸から東京へと改められ、正式に首都を京都から東京へと移されたので、『東京時代』にしています。 

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髪型に関しては、とても大きな出来事が起きます。

明治4年に「散髪脱刀令」が出されたのです。

この令は、刀を帯刀しなくても良いというものと、「髪型」を自由にしても良いという発令でした。

もちろん髷を禁止にするという訳ではなく、本当に自由ということですね!

しかしここで注意点があって、これは男性に出された発令であったということです。

女性も「短く切っていい!」と思い、たくさんの女性も短く切ってしまったために、後に「女子断髪禁止令」が出されています。別にいいじゃんねぇ〜!(笑)

当時の男たちは、女性に髪は長くいてもらいたかったって事!?

 

 逆に、散髪、洋装反対運動なんかも起きたみたいです!当時の福井県で、3万人規模の一揆が起きて、死刑者も出すほどの大騒ぎだったそうです。

それだけ愛国心もあったのでしょうし、徳川家を尊敬していたのか、もしくは天皇家に対する反対だったのか…

いろんなところに正義ってありますね。

 

なんとなく、洋装への憧れってあったのかなぁ〜なんて思ってましたけど、全員が全ての習慣を変えるのは大変ですよね…

明治天皇陛下も散髪されたことで、続々と世間に広がっていったそうです。

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この頃から、男性の髷を切る床屋さん(現在の理髪店)が始まり、急速に忙しくなっていったそうです。

人手が足りなくなり、職にあぶれていた武士も手伝うようになり、仕事を覚え、「自分で理髪店をひらく!」とういう創業モデルが出来上がったようですね!

なんとなく、刃物を扱うという点では一緒なので、最良の仕事の進化だったのかもしれませんね!

そりゃあ何もわからず切っていたので、こんな感じの変な髪型になりますよね!(笑)

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これが、俗に言う「散切り頭(ざんぎりあたま)」ってやつですね!

斬新です。

始めたばっかりの人は、上手く見せるために、わざとハサミを「チョキチョキ」鳴らしまくっていたそうです。勢いつけてやるもんだから、よく耳まで切ってしまう事例が全国的に多発したのは、言うまでもないでしょう…

うん。わかるよその気持ち。僕も若い頃はそうだったさ。

でもねぇ、本当の上手さってのは、『無駄をなくすってことだよ。』

ついに来ました。ここに来てついに!!

 現代の美容師>>>明治時代の床屋さん

やっと歴史に勝ちました…

 

という事で、ドタバタなスタートになりましたが、現代へ続く散髪の文化が始まりました!

先ほども説明しましたが、なぜ『散髪令』がでたのか?という部分に注目していきたいと思います。

実は、散髪令を調べても、あまり深い理由について知る事はできないんですよね。

本やネット記事など読み漁ったのですが、どれも歯切れが悪いというか…しっくりこないんですよね〜。まあ実際のところ誰もよく分からないのかもしれませんね。

 

髷のブログでも書きましたが、そもそも髪型に「制約」がなければ、そんな令を出す必要はないし、男性に対して制約があったからこその『散髪令』であれば『髷スタイルにしなければいけなかった』という証明でもありますよね。

「髪型自由にしてもいいよ〜」という、200年以上もかかったその一言。本当に待っていました!(泣)

綺麗にまとまった気がします!

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 明治といえば、こちらの写真をご覧になった事があると思います。

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歴史の教科書にも載っている有名な写真ですね。「岩倉使節団」です。

えぇ違和感を感じますね。僕も昔歴史の教科書を見ててすごく違和感を感じました…

なんか変だなぁ〜と。

そうなんです。中央の岩倉具視(いわくらともみ)氏だけが着物を着ている…違います!そこじゃないです!!頭をご覧ください。

これは一体なんでしょうか!? ま、ま、髷!?

 

この時の岩倉氏の有名な逸話があります。

岩倉氏は、髷は日本人の魂であると考え、髷を落とす事を拒んでいたそうです。訪米時も髷と和服姿であったが、アメリカ留学中の息子さん(岩倉具定)に説得されてシカゴで断髪した。というおもしろい話です。

しかし、よ〜くこの髷らしきものを見てください。

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これは『髷ではない』ですよね!

 では、これは一体何なのか!?

もちろん岩倉氏を含め、ここに写っている五人は、髷の時代を生きてきていますから、これが髷であるか髷ではないかの解釈を間違うはずがありません。

 

そもそも髷スタイルの定義とは、岩倉氏のスタイルとは「逆」で、前髪からトップの毛を剃って、横と後ろの毛で髷を作っていくものです。

しかし岩倉氏は、横と後ろを全て剃り上げ、本来剃るはずの前髪とトップのみを残しているのです。

この髪型が意味するところはいったいなんなのか…?

オシャレだと思ってコレにした?(斬新でカッコイイけどね!)

皆さんはどう思われますか?

 

ここからは、私の個人的な推測、解釈になります。

この髷の意味する事は、「徳川家への皮肉や嫌味」だったのではないでしょうか?

というのも、岩倉氏は公家側の人であり、倒幕を実行した中心的な人物でもあります。

武士でも商人でもない岩倉氏が、月代にし髷を結った事が今までにあったのでしょうか?(あるとしても一度あるかないかでしょうね。)

にもかかわらず、自身の髪型を髷と呼び、日本人の魂とまで言っている事に、とても違和感を覚えずにはいられません。

この写真の髪型を考察すると、周りの毛は相当短いので、この撮影の直前に剃ったと思われます。

結んでいる前髪とトップの長さを見ると結構長そうなので、(結んでいる毛を下ろしたら目より下くらいの長さになります。)この髪型にするために、わざわざ髪を伸ばして、満を持してこの髪型を作ったのが見受けられます。

この髪型にする2日前はこの位の長さはあったでしょう。

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米津玄師

 

どうしてもあの髪型にしたかったのでしょうね。とてつもなく怒りや皮肉が詰め込まれている気がします。

撮影後、使節団として各国を渡り歩きます。

そこで世界中に、『アンチ徳川』の深い意味を込め、「逆転したぞ!」という、とてもメッセージ性の強い髪型になったのだと思います。

 俺たちが新しい日本だっ!!という熱い思いがなんだか伝わってきますね。

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という事で、信じるか信じないかはあなた次第ですっ!!

 でも、ハズレてなさそうな気がします。(笑)

 

そして今回もまた作っちゃいました!!

岩倉具視氏の髷らしきもの!

もちろんこの時代に、いや、後にも先にもこの髪型をした人はいなそうなので、どうしても岩倉氏の気持ちを知りたくて作ってみました!! 

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 前回の髷と比べてみましょう!

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そうなんです!まんま月代と同じ場所だけが、髪の毛あるんです!

実はこの2つの髪型は、同じ時期に作ったのですが、「わざと逆にしてやりました感」がスゴすぎて、作りながら笑ってしまいました!

本当に岩倉氏の『ブラックジョーク』というか、『極上の皮肉』すぎて一本取られた!って感じです!わかる人には分かる嫌味が、もはやカッコイイ!

 

いや〜、これも難しかったですね!なんかすごい簡単そうなスタイルだったのですが、やってみると本当にバランスが難しいです。

あと、このマネキン(ウイッグ)の毛の生え方では、近づけるのに限界を感じました。いつか本物の人でこの髪型作ってみたいです。(岩倉氏の髪型したい人募集中です!)

 

という事で、岩倉氏!!バレてるよ!!

 

 

 

 

江戸時代 7 髪型を創る道具

長い歴史の中で、髪型をつくる道具もまた時代と共に変わってきました。

今回は、昔はどんな道具でカットやセットしていたのかをご紹介していきます。

 

現在、よく美容院や床屋さん等で見る「ハサミ」や「櫛」が今の形状になったのもまだ最近なのです。

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現在私が使っているシザーとコーム。

ハサミの大きさや形状、デザインが様々存在します。

 

そしてこちらは、とても貴重な物で、室町時代(1390年)に足利義満らが奉納したとされる女性用メイクボックス一式(化粧箱)

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真ん中の「糸切りばさみ」みたいな物が髪を切るハサミですね。右のピンセットは、毛抜きで、今と全く変わらないですね!

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こちらは、櫛一式ですね。右下の「粗歯(あらば)」は洗髪後などに使用し、他の「密歯(みつば)」は長い髪を整えたり、ツヤをだしたりする時に使用する物でしょうね。
ここまでの密歯は、現代ではあまり使用しないので、ドライヤー無き当時は絶対的な必需品だったことでしょうね。とても美しいです!

 

こちらは、徳川吉宗が1730年に髪を切ったとされるハサミです。

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ハサミは、たいして変わってないですね!なんならずっとこの形状です。

切ずらそうに見えるかもしれませんが、男性も女性も基本的にずっと髪の毛は長かったので、毛先揃える程度しかカットはしません。なのでこの小ささで問題なしです。

 

江戸時代の後期になると、以前にもご紹介しましたが、だいぶ派手になってきます。

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すごい綺麗な櫛ですね!髪に飾るタイプのやつですね!

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すごくデザイン的でキラキラしてます!若い女子に人気間違いなしだったでしょうね!

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かんざしです。おしゃれだなぁ〜!

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左が笄(こうがい)で、右がかんざしですね。スケルトンは夏によさそうですね。

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こちらはメイクボックスですね!なんかすごい本格的です。こちらも現代と変わらなそうですね。

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縄文時代の櫛はこれでした。いや〜、進化しましたね!!

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かんざし これはコレでオシャレだけどね!

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 ということで、普段とても身近な美容の道具は、ここまで変わりました!

時代が変われば、流行も変わる。

でも、根本は縄文時代から何も変わっていない。

そこに『美』を追求する心があれば、いつの時代も一緒なのかもしれないですね。

これからも、もっと面白いヘアアクセサリーがでてくるのを期待したいです!

 

最後に美しい幕末の髪結いの風景をご覧ください。

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空気感だけでなんか泣けてきます。(涙)

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右側のマスターの、髪の毛の引っ張り上げる角度が絶妙です。むちゃくちゃ上手なのが伝わってきます。

僕も、一度本気で髷を作ってみましたが、全然違うのがわかります。


本当に『鍛錬』って大事だよね。