髪型の歴史〜日本史+〜

いままで語られてこなかった日本史と世界史の『髪型』を徹底的に解説、考察していきます!

東京時代 明治 1 髪型と岩倉具視

東京時代 明治 1868〜1912年まで45年続いた時期

徳川家から大政奉還され天皇政権へと王政復古の大号令が出された。

グレゴリオ暦が採用され始め、いよいよ時代が変わり始めましたね。

江戸から東京へと改められ、正式に首都を京都から東京へと移されたので、『東京時代』にしています。 

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髪型に関しては、とても大きな出来事が起きます。

明治4年に「散髪脱刀令」が出されたのです。

この令は、刀を帯刀しなくても良いというものと、「髪型」を自由にしても良いという発令でした。

もちろん髷を禁止にするという訳ではなく、本当に自由ということですね!

しかしここで注意点があって、これは男性に出された発令であったということです。

女性も「短く切っていい!」と思い、たくさんの女性も短く切ってしまったために、後に「女子断髪禁止令」が出されています。別にいいじゃんねぇ〜!(笑)

当時の男たちは、女性に髪は長くいてもらいたかったって事!?

 

 逆に、散髪、洋装反対運動なんかも起きたみたいです!当時の福井県で、3万人規模の一揆が起きて、死刑者も出すほどの大騒ぎだったそうです。

それだけ愛国心もあったのでしょうし、徳川家を尊敬していたのか、もしくは天皇家に対する反対だったのか…

いろんなところに正義ってありますね。

 

なんとなく、洋装への憧れってあったのかなぁ〜なんて思ってましたけど、全員が全ての習慣を変えるのは大変ですよね…

明治天皇陛下も散髪されたことで、続々と世間に広がっていったそうです。

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この頃から、男性の髷を切る床屋さん(現在の理髪店)が始まり、急速に忙しくなっていったそうです。

人手が足りなくなり、職にあぶれていた武士も手伝うようになり、仕事を覚え、「自分で理髪店をひらく!」とういう創業モデルが出来上がったようですね!

なんとなく、刃物を扱うという点では一緒なので、最良の仕事の進化だったのかもしれませんね!

そりゃあ何もわからず切っていたので、こんな感じの変な髪型になりますよね!(笑)

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これが、俗に言う「散切り頭(ざんぎりあたま)」ってやつですね!

斬新です。

始めたばっかりの人は、上手く見せるために、わざとハサミを「チョキチョキ」鳴らしまくっていたそうです。勢いつけてやるもんだから、よく耳まで切ってしまう事例が全国的に多発したのは、言うまでもないでしょう…

うん。わかるよその気持ち。僕も若い頃はそうだったさ。

でもねぇ、本当の上手さってのは、『無駄をなくすってことだよ。』

ついに来ました。ここに来てついに!!

 現代の美容師>>>明治時代の床屋さん

やっと歴史に勝ちました…

 

という事で、ドタバタなスタートになりましたが、現代へ続く散髪の文化が始まりました!

先ほども説明しましたが、なぜ『散髪令』がでたのか?という部分に注目していきたいと思います。

実は、散髪令を調べても、あまり深い理由について知る事はできないんですよね。

本やネット記事など読み漁ったのですが、どれも歯切れが悪いというか…しっくりこないんですよね〜。まあ実際のところ誰もよく分からないのかもしれませんね。

 

髷のブログでも書きましたが、そもそも髪型に「制約」がなければ、そんな令を出す必要はないし、男性に対して制約があったからこその『散髪令』であれば『髷スタイルにしなければいけなかった』という証明でもありますよね。

「髪型自由にしてもいいよ〜」という、200年以上もかかったその一言。本当に待っていました!(泣)

綺麗にまとまった気がします!

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 明治といえば、こちらの写真をご覧になった事があると思います。

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歴史の教科書にも載っている有名な写真ですね。「岩倉使節団」です。

えぇ違和感を感じますね。僕も昔歴史の教科書を見ててすごく違和感を感じました…

なんか変だなぁ〜と。

そうなんです。中央の岩倉具視(いわくらともみ)氏だけが着物を着ている…違います!そこじゃないです!!頭をご覧ください。

これは一体なんでしょうか!? ま、ま、髷!?

 

この時の岩倉氏の有名な逸話があります。

岩倉氏は、髷は日本人の魂であると考え、髷を落とす事を拒んでいたそうです。訪米時も髷と和服姿であったが、アメリカ留学中の息子さん(岩倉具定)に説得されてシカゴで断髪した。というおもしろい話です。

しかし、よ〜くこの髷らしきものを見てください。

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これは『髷ではない』ですよね!

 では、これは一体何なのか!?

もちろん岩倉氏を含め、ここに写っている五人は、髷の時代を生きてきていますから、これが髷であるか髷ではないかの解釈を間違うはずがありません。

 

そもそも髷スタイルの定義とは、岩倉氏のスタイルとは「逆」で、前髪からトップの毛を剃って、横と後ろの毛で髷を作っていくものです。

しかし岩倉氏は、横と後ろを全て剃り上げ、本来剃るはずの前髪とトップのみを残しているのです。

この髪型が意味するところはいったいなんなのか…?

オシャレだと思ってコレにした?(斬新でカッコイイけどね!)

皆さんはどう思われますか?

 

ここからは、私の個人的な推測、解釈になります。

この髷の意味する事は、「徳川家への皮肉や嫌味」だったのではないでしょうか?

というのも、岩倉氏は公家側の人であり、倒幕を実行した中心的な人物でもあります。

武士でも商人でもない岩倉氏が、月代にし髷を結った事が今までにあったのでしょうか?(あるとしても一度あるかないかでしょうね。)

にもかかわらず、自身の髪型を髷と呼び、日本人の魂とまで言っている事に、とても違和感を覚えずにはいられません。

この写真の髪型を考察すると、周りの毛は相当短いので、この撮影の直前に剃ったと思われます。

結んでいる前髪とトップの長さを見ると結構長そうなので、(結んでいる毛を下ろしたら目より下くらいの長さになります。)この髪型にするために、わざわざ髪を伸ばして、満を持してこの髪型を作ったのが見受けられます。

この髪型にする2日前はこの位の長さはあったでしょう。

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米津玄師

 

どうしてもあの髪型にしたかったのでしょうね。とてつもなく怒りや皮肉が詰め込まれている気がします。

撮影後、使節団として各国を渡り歩きます。

そこで世界中に、『アンチ徳川』の深い意味を込め、「逆転したぞ!」という、とてもメッセージ性の強い髪型になったのだと思います。

 俺たちが新しい日本だっ!!という熱い思いがなんだか伝わってきますね。

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という事で、信じるか信じないかはあなた次第ですっ!!

 でも、ハズレてなさそうな気がします。(笑)

 

そして今回もまた作っちゃいました!!

岩倉具視氏の髷らしきもの!

もちろんこの時代に、いや、後にも先にもこの髪型をした人はいなそうなので、どうしても岩倉氏の気持ちを知りたくて作ってみました!! 

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 前回の髷と比べてみましょう!

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そうなんです!まんま月代と同じ場所だけが、髪の毛あるんです!

実はこの2つの髪型は、同じ時期に作ったのですが、「わざと逆にしてやりました感」がスゴすぎて、作りながら笑ってしまいました!

本当に岩倉氏の『ブラックジョーク』というか、『極上の皮肉』すぎて一本取られた!って感じです!わかる人には分かる嫌味が、もはやカッコイイ!

 

いや〜、これも難しかったですね!なんかすごい簡単そうなスタイルだったのですが、やってみると本当にバランスが難しいです。

あと、このマネキン(ウイッグ)の毛の生え方では、近づけるのに限界を感じました。いつか本物の人でこの髪型作ってみたいです。(岩倉氏の髪型したい人募集中です!)

 

という事で、岩倉氏!!バレてるよ!!