世界の髪型美術館〜髪型の歴史〜

いままで語られてこなかった日本史と世界史の『髪型』を徹底的に解説、考察していきます!

古墳時代 2 インタビューと仮説1

今回は、埴輪博物館の専門家の方へのインタビューと「こんなんもあるんじゃねー?」というトンデモ仮説を考察していきたいと思います!

まずは、専門家へのインタビューから

(たくさん質問してきました!盛り上がりすぎちゃったんで、抜粋していきます。)

Q.まずは、埴輪ってなんですか?どこにあったんですか?(どこで発見したんですか?)

 

A.埴輪は、古墳の周りに並べられていました。古墳はお墓であるため、死者を祀るための、何か贈り物のような物でしょうね。

埴輪に関しては、まだ詳しいことはわかっていませんが、人だけではなく馬や猿などの動物や家や船の埴輪も見つかっていますので、当時の故人が使っていた物やペット、家族や近親者などが埴輪として飾られたのかもしれませんね。

 

Q.埴輪の男性と女性の区別ってどこで分かるものですか?

 

A.実際はわかりません。着ている服やアクセサリー、型などで、一応判断しているかたちです。

我々研究者たちの間でも、これは男にみえる!これは女に見える!っていう議論になります(笑)

鎧のような物を身につけているのは、あきらかに男性だと思われます。

 

Q.髪型についての質問なのですが、現在言われている「古墳島田」「美豆良」という髪型は存在したのですか?

 

A.実は髪型に関しては全く分かっていません。いつからそのように言われ始めたかは、わかりませんがおそらく埴輪の頭をみて髪型にみえたのではないかと思います。

むしろ今、髪型の話をされるまであまり気にもとめませんでした。

 

Q.あれは、髪型ではなく何か被り物なんじゃないんですか!?どうなんですか!?

 

A.そうかもしれません。兜などはわかりやすいですが、今まで髪型の話になったことはあまりありませんね〜。

 

Q.なるほど〜。ということは、僕が研究したらそれがスタンダードということでよろしいですね?

 

A.もちろんです!(笑)是非おしえてください!

 

ほんとありがとうございましたぁーーーーー!!いや〜、ほんと楽しい時間でした!話が盛り上がりすぎて止まりませんでした。歴史好きの人は本当に熱い!!

ご年配の先生だったのですが、こんな若造にご教授いただきまして本当に感謝しております。(長い歴史の前では、世代の違いなんて、たいした違いじゃないのかもしれない。歴史という共通言語。いいもんですね。)

 

ということで、髪型についてはまだまだ未知ということですね!

 

そして、前回からの引き続きで埴輪が被ってるのこれじゃないか?という嘘か真か…トンデモ説をお伝えしていきますね。

何も解ってないんだから、何を言ってもいい説! 

 1、この写真を見ている時に、

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なんか見た事あるなぁ~と思ったら、やはりありました!!

キングダム!!

とても大きなイベント時にかぶった王冠?冠なのです。

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そしてその下は小さくお団子にまとめられております。これだ!これしかないかもしれない!

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もちろん中国の影響はものすごく受けていたのは言うまでもないだろうが、(魏の一つの国であったわけだしね。)風習やファッションもそれに近かった、もはやそれに憧れていたわけですからね!

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 後に中国で描かれた始皇帝肖像画

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中国の大河ドラマかなんかですかね?

どうでしょう?「平べったい板」の頭にかぶるものといえばコレじゃないですか!?

似てる。けどなんか違う気もする…

 

無理矢理感ありすぎるね!(笑)

 

次回、大本命仮説ご期待ください!(たぶん仮説2が答えな気がする!)